【出版社】ヨベル 【著 者】青野太潮:著 品番/ISBN: 9784909871794 発売/発行年月: 2022年11月 判型: 新書 ページ数: 288 「大いに疑問を持つ」探求者に、聖書は真実の姿を明かし始める。 訳語、解釈の如何によって天地が入れ替わるほど真逆の結論に導かれてしまう。互いに矛盾し合う場面に満 ちてもいる。この難解な聖書とどう向き合えばよいのか。これを正典として信仰を培うとはいかなることか。 新約聖書学者がその「難解な箇所」を敢えて取り上げ、正面から挑んだ ! 『どう読むか、 新約聖書 福音の中心を求めて』に続く、青野太潮のヨベル新書、好評第 2 弾。 主な目次 �吃堯,匹ζ匹爐�、聖書の「難解な箇所」 ― 「聖書の真実」を探究する 1 なぜペトロは悲しくなったのか (ヨハネによる福音書 21 章 17 節) 2 「インマヌエル」の神(マタイによる福音書 10 章 29 節、第一コリント 10 章 13 節) 3 「すべてのことが許されている」は、他人の言葉の引用 ? それとも、パウロの本心 ?(第一コリント6章 12― 20 節) 4 「弱くはなくて、強い」? それとも、「弱いからこそ、強い」?(第二コリント 12 章 7 ― 10 節、13 章 3 ― 4 節) 5 「弱さのゆえに十字架に」?(第二コリント 13 章4節) 6 「教会はキリストの体」? それとも、「キリストは教会の頭」?(第一コリント 12 章 23 節/コロサイ 1 章 18 節) 7 主の晩餐の順序は、「杯→パン→食事→杯」? それとも、「パン→杯」? それとも、「パン→食事→杯」?(第一コリント 12 章 23 節/コロサイ 1 章 18 節) 8 「主の晩餐」とは何だったのか ― 前回における考察を受けて 9 「婦人たちは恐ろしかったので黙っていたのか? それとも、「恐ろしかったけれども、喜んで伝えたのか?」(マルコ 16 章 8 節/マタイ 28 章 8 節) 10 「十字架につけられたままのイエス・キリスト」 11 神の啓示と人間の思いとの間の「呼応」する関係 12 預言をする者に働きかける霊は、その預言をする者の意に服従する。(第一コリント 14 章 32 節) �局堯‖莪譽灰螢鵐判餮Φ� パウロから読み解く「十字架につけられ給ひしままなるキリスト」 1 パウロはなぜ冒頭で「分争」に言及するのか 2 「分争」の問題から「十字架の言葉」についての議論へ 3 十字架につけられ給ひしままなるキリスト 4 イエスの「十字架」と「死」の区別 5 神の召しのもつ逆説的性格 6 私もまたイエスのように 7 弱さのゆえに十字架につけられたキリスト 8 ともに十字架につけられてしまっている私たち 9 パウロにおけるイエスの言葉と振舞の反映 10 神の肯定的なさばきと十字架の逆説 11 キリストのからだとしての教会 12 復活のキリストは十字架のキリスト あとがき ―『どう読むか、聖書の「難解な箇所」』 どう読むか、聖書の「難解な箇所」 「聖書の真実」 を探究する 型番 9784909871794【N】 ポイント 66pt 販売価格 1,320円 購入数 shopping_cartカートに入れる mail_outline この商品についてお問い合わせ ツイート error_outline 特定商取引法に基づく表記 (返品など) share この商品を友達に教える undo 買い物を続ける forum レビューを見る(0件) rate_review レビューを投稿